おがちぃ散歩

伏見七名水を尋ねて① 『春日井』 11.04.14

伏見七名水のひとつである春日井は、桃山の江戸町にあったそうです。
春日井も他の七名水と同様に井戸は残っておらず、
その場所がどこであったかも不明です。

伏見名水スタンプラリーと伏見七名水 11.04.02

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江戸町は、桃山町泰長老(たいちょうろう)にあたる地域の東側になります。
住所としても〝伏見区桃山町泰長老〟であり、
‘伏見区桃山町江戸町’と検索しても出てきません。
現在、江戸町という名は外環状線(京都府道7号京都宇治線)を走る
京阪バス(6号系統)のバス停の名前として残っています。

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江戸町という町名は、
現在の桃山町三河に上屋敷をもっていた徳川家康が、
宇治川の向こう岸にあった屋敷に通う為の船着場に、
居城江戸の名を付したことに、
または、徳川家康の家臣と思われる高井久之丞の領地として
明治維新まで続いたことにちなむともいわれています。

また、この江戸町は、
京野菜のひとつである京ミョウガの発祥の地でもあります。


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花みょうが / 11.10.20 撮影

一般にミョウガとして売られているものは、
花みょうがと言ってミョウガの花蕾を食用としているものです。

みょうがたけイラスト
左が軟白栽培によるミョウガタケ
右が軟白していないミョウガの新芽/ 画像ストックが無い為、イラストで代用

それとは別に、ミョウガの新芽を
日光を遮って軟白栽培したものを食用とするミョウガタケがあり、
京ミョウガはそのミョウガタケです。

京ミョウガの栽培と水はとても関わりがあります。

京ミョウガの栽培は、「かま」と呼ばれる促成床で行われるそうです。
かまとは、深さ・幅ともに40~50cmの溝で、底には砂が敷かれ、溝の両側を板で囲み、
その上に藁などを被せたものです。
栽培地によっては、稲作の終わった田んぼに溝を掘り、
溝の両側を板で囲むのを省略したかまもあるそうです。

かまの中に、ミョウガの種茎(地下茎)を伏せ込み、
あたたかな湧き水を流し込み、
冬場でも温かなかまの中でミョウガは発芽します。
その発芽の様子がタケノコのようなのでミョウガタケ(茗荷竹)と呼ばれます。


江戸時代の終わり頃、桃山江戸町の平兵衛という農家が、
春のある日に地下水の湧き出ているところで軟白しているミョウガを見つけ、
これにヒントを得て、あたたかい湧水を利用すれば、
早春に軟白のミョウガができることを確かめ、
促成栽培法を考えたのがはじまりとされています。

当時は、茗荷屋平兵衛と称して、
平兵衛を始め多数の農家がミョウガの栽培をしていました。


現在では、この江戸町の地で京みょうがは栽培されてはいませんが、
この京みょうがに春日井の名残を見ることはできないでしょうか?

もちろん、京みょうがが生まれるきっかけとなった湧水が
春日井のものであるとは断言できないのですが、
この辺りも水との関わりのあった地域であることは言えます。

伏見の地下水は、
京野菜のひとつが生まれるきっかけともなっていたようです。


■関連記事
・「11.10.20 ミョウガの収穫(O-GArden)
 おがのおーがにっくらいふ(★´ひ`★)ゞ

■参照および引用した資料
・「水が語る京の暮らし -伝説・名水・食の文化-」
 鈴木康久・著 白川書院
・「京の古道を行く」
 増田潔・著 光村推古書院
・「角川日本地名大辞典 26 京都府 下巻 総説.地名編」
 角川書店
・「旬を育てる 旬を味わう 野菜づくり大図鑑」
 藤田智・編著 講談社
・「歳時記 京の伝統野菜と旬野菜」
 京都府立大学名誉教授 嶋四郎・編著 トンボ出版
・「京都の伝統野菜」
 田中大三・文 宮本進/湯浅哲夫・写真 誠文堂新光社
・「現代にいきづく 京の伝統野菜」
 菊池昌治・著 誠文堂新光社
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