JR奈良線京都行き電車より撮影。
0:21の線路右に見える民家に挟まれた公園は、
東海道本線の旧線跡。 / YouTube:
10.08.05 JR奈良線 JR藤森~稲荷間 103系すれ違い 
11.10.15 撮影
JR奈良線の奈良方面へ向かう電車は、
稲荷駅を出ると、左手に深草北陵(深草十二帝陵)が見えたあたりから
右へとカーブをし、JR藤森駅へと走っていく。
→
稲荷を歩こう-深草・稲荷界隈 史跡探訪-⑥ 十二帝陵 09.04.051921(大正10)年8月1日までは、
ここで右へとカーブをせず、そのまままっすぐに線路が敷かれていた。

その線路は東海道本線の旧線で、
当時の東海道本線の京都~大津間は、京都から稲荷までは現在の奈良線を経由し、
山を迂回するルートをとっていた。
このルートの開業は、1879(明治12)年8月18日のことである。

09.05.05 撮影

09.05.05 撮影

11.10.15 撮影

11.10.15 撮影

奈良線と旧東海道本線との分岐点あたりは、
公園や民家となっているが、
地図や航空写真で見ると、線路跡に沿うような家の並びになっているのが分かる。

大岩街道の深草谷口町交差点。
ラーメン屋の横から旧線跡である。 / 10.01.04 撮影

大岩街道 / 10.01.04 撮影
名神高速道路の南の深草東伊達町の住宅地では、
線路跡に沿うように道路が敷かれ、家の並びも線路跡に沿っている。
深草谷口町の交差点からは、
線路跡に大岩街道(京都府道35号大津淀線)が通り、
やがて名神高速道路がそのまま線路跡となる。

10.01.04 撮影
京都~大津間の線路跡地の大部分は名神高速道路に転用されているが、
かつて東海道本線の線路が敷かれていた堤も転用されているらしい。
テキサス州立大学のアーカイブにある、
戦後直後に米軍が作成した京都市南部の地図を見ると、
旧東海道本線の堤が残されていたことが分かる。
■関連記事
・
11.04.30 稲荷駅ランプ小屋・
京都市電稲荷線遺構③ 11.02.19■参照
・テキサス州立大学のアーカイブ
http://www.lib.utexas.edu/maps/ams/japan_city_plans/
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- 2011/10/18(火) 22:04:03|
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