おがちぃ散歩

11.04.30 稲荷駅ランプ小屋

現在の東海道本線は、京都を出るとそのまま東へ直進し、
トンネルを通り、山科を経由し、再びトンネルを通り大津へと至っているが、
この区間の開業当初は山を大きく迂回するルートをとっていた。

JR奈良線の京都~稲荷間はかつて東海道本線の一部であり、
稲荷を出ると、十二帝陵を過ぎたあたりから東へカーブし、
現在の名神高速道路となっている部分を通り、大津へと向かっていた。

稲荷を歩こう-深草・稲荷界隈 史跡探訪-⑥ 十二帝陵 09.04.05

東海道本線が現在のルートに切り替えられると、
京都~稲荷間は奈良線の線路に転用された。

A 稲荷駅ランプ小屋
10.04.24 撮影:十津庵

B 稲荷駅ランプ小屋
09.02.05 撮影

C 稲荷駅ランプ小屋

稲荷駅にある煉瓦造りの小屋は、
東海道本線が稲荷を経由していた頃からあるJR最古の建物
当時は、ランプの油倉庫として使われていた。
このランプ小屋は稲荷駅が東海道本線の駅であったことの名残と言える。


D 稲荷駅ランプ小屋
伏見舟入り跡/ 11.04.30 撮影

稲荷駅の横には琵琶湖疏水が流れている。

E 稲荷駅ランプ小屋
11.04.30 撮影

疏水横の歩道から奈良線を眺めると、
古い石垣が積まれているのが分かる。
このように、石を四角く平らに加工してから積み上げる方法を『布積み』といい、
明治時代に西洋の技法を取り入れたものである。

F 稲荷駅ランプ小屋
駅の下が布積み、疎水のフェンス下が谷積み / 11.04.30 撮影

しかし、この布積みは石を四角く加工する手間がかかる。
それに比べ、日本で昔から行われていた石を斜めに積んでいく『谷積み』は、
石を加工する必要がなく、更には布積みよりも頑丈ということで、
途中から布積みから谷積みへと工法が切り替わった。

そういう視点で見てみると、
稲荷駅の線路の下にある石垣は明治時代のものであり、
この石垣も東海道本線時代の名残と言えるのではないだろうか


ちなみに、稲荷駅経由のルートの開業が1879(明治12)年8月18日、
琵琶湖疏水の起工式は1885(明治18)年6月2日。
琵琶湖疏水の完成よりも稲荷駅の方が先である。

 


■参照および引用
・「深草・稲荷界隈 史跡探訪 説明」
 地元の体育振興会が主催のイベント「稲荷を歩こう」での配布資料
・「ブラタモリ 第16回 江戸城 外堀をブラタモリ」
 NHK総合テレビ 2011年2月3日放送
・深草トレイル
 http://www.city.kyoto.jp/fushimi/trail/

関連記事
スポンサーサイト



広告【Google AdSense】
  1. 2011/10/14(金) 23:04:03|
  2. キヲクトキロク
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<11.10.15 兆殿司及五条三位藤原俊成卿墓の碑 | ホーム | 伏見稲荷大社 本宮祭 08.07.19>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://ogardenandtawara.blog133.fc2.com/tb.php/75-426b439e
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)



広告【楽天市場】