おがちぃ散歩

14.10.14 「伏見城武家地 黒田長政下屋敷跡参考地」の碑


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6月16日の伏見連続講座で「石碑が建ちますよ」と聞いていたのですが、
ついに石碑が建ったという記事が京都新聞に掲載されたということで
遅ればせながら見に行きました。
(★´ひ`★)ゞ

14.07.06 黒田官兵衛屋敷跡推定地 /八科峠

リビング京都の新聞では
この場所は官兵衛の屋敷跡と紹介されていたので、
官兵衛の屋敷跡参考地として石碑が建つと思っていたのですが
黒田長政下屋敷跡参考地として石碑が建ちました。





 002_20141022172531a07.jpg

正面(西側)には -伏見城武家地 黒田長政下屋敷跡参考地- 
北側には -右 豊臣期伏見城「五大老」等屋敷跡- 
南側には -旧 山城国紀伊郡大亀谷村- と刻まれ、
裏面(東側)には 
建立年月、建立団体名、および寄贈者の名前が刻まれています。

そして、石碑の左側の解説板では
この場所を黒田長政下屋敷跡参考地とするに至った根拠が解説されています。


かんびょうえ02 かんびょうえ05 かんびょうえ04 かんびょうえ03 

そして、この解説板でとても気になるのが
官兵衛の右横のふりがなが
「かんびょうえ」と書いてあるように見えることです。
(´σー`)

官兵衛は“かんべえ”と読むものだと思っていたし、
大河ドラマでも盛んに「かんべえ」と聞こえてくるんですけど気のせいでしょうか?
(*´艸`)

実は「かんびょうえ!」とみんな言っているのだけれど
空耳で「かんべえ」と聞こえているだけだったとか。んなアホな。 
(* ´Д`*)



石碑と言えば三宅安兵衛です。

・三宅安兵衛遺志建立碑の記事
三宅安兵衛
三宅安兵衛 (宇治田原)
三宅安兵衛 (伏見)
三宅安兵衛 (八幡)


「みやけやすべえ」とパソコンの文字入力で打っても
安べえと変換されてしまうので、
安兵衛と打つ時は安と兵と衛を別々に打つか、
安と権兵衛(ごんべえ)と打って権の字を消して安兵衛と打っているのですが、
この「かんびょうえ」もその類でしょうか?

この解説板をつくるのに用いたソフトの機能で
文章に自動的に振り仮名をつけてくれるというのがあって、
「かんびょうえ」と打って“官兵衛”としていたのが反映されてしまったとか。
(´σー`)

でも、私のパソコンでは安兵衛はストレートに出ないけれど
官兵衛はストレートに出るんですよね。
(*´ひ`*)

これも石田三成の呪いか?
あるいは宇都宮鎮房の祟りか?
( ゜∀゜)



この時期に黒田官兵衛にまつわる石碑が建つということは、
大河ドラマに便乗しているのではないかととても感じるのですが、
駒札や石碑が建ってはいても
官兵衛ゆかりの地である
姫路・長浜・福岡・中津に比べて京都では盛り上がりが小さいと言われているそうです。

伏見連続講座での講演や石碑横の解説によると、
近年の研究によれば大名とその妻子は帰国を許されず、
伏見城下での常住を義務付けられ、
参勤交代が行われた江戸幕府よりも厳しいものであったそうです。

なので、領地であった福岡や中津よりも
伏見で過ごした年月の方が長かったはずなので、
官兵衛が暮らした町としてもっと盛り上がってもよさそうなのだけど、
伏見が盛り上がるのは太閤さんとして親しまれた秀吉の時だけで
家臣の一大名くらいではそんなにテンションが上がらない
のではないかと、
伏見城下町の高飛車な感じを推測してみたり。
(´σー`)

秀吉さんを天下人へと押し上げた官兵衛さん。
官兵衛さんがいなければ今の伏見の反映はなかったかも知れないのだから、
その偉大さを伏見市民はもっと感じるべきだ。
(σ゜Д゜)σ



003a.jpg

黒田長政下屋敷跡参考地のすぐ側は八科峠の坂道です。

この場所は、けっして優遇されていたとは言えない場所とされていますが、
峠近くにあるので眺めがよく、宇治方面が見渡せ、
必ずしも悪い場所とも言えないなと思いました。



※追記 14.12.20
 “かんびょうえ”というのは間違いでもないらしく、
現在は“かんべえ”と読んでいるが当時の読みは“かんびょうえ”だったという資料もあるらしい。
知識が浅はかなものでついツッコんでしまった。
現在と読みが違うと言えば
現在は“もうり”と読んでいる『毛利』も、昔は“もり”と読んでいたという話があったなと思い出す。



■情報提供:十津庵



■参照および引用した資料
・「伏見 黒田官兵衛の長男 長政屋敷跡に石碑」
 2014年08月31日 京都新聞
・伏見連続講座-ふれて、しって、みて伏見-番外編
 黒田官兵衛が亡くなったのはどこか-伏見城の大名屋敷の位置を考える-
 2014年6月16日 伏見区総合庁舎4階大会議室
・「伏見に点在する黒田官兵衛ゆかりの地を歩いてみませんか」
 リビング京都 東南 2014年6月7日
 ...など





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