おがちぃ散歩

14.09.13 「黒田節誕生の地」の駒札

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伏見が発祥のもの、
1.電気鉄道事業 2.京阪バス 3.銀座 4.大丸 5.寒天 6.黒田節← 


飲みの時、友人の空いたグラスに
「飲めや飲め飲め黒田節」と言いながらお酒をついで10年になります。
(*´∀`*) 

でも、実際の黒田節にはそんな歌詞はないという。
(´σー`)

黒田節と言えばシャ乱Qのズルい女で、
シングルCDの3曲目に収録されていました。
そういう訳で、
黒田節を知ったきっかけは学校の音楽の授業ではなくシャ乱Qなのです。
19年前のあの頃は、この曲のゆかりの地が地元にあるとは思いもしなかった。



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“「黒田節」誕生の地”の駒札が立てられたのは御香宮神社の前ですが、
母里太兵衛が大杯の酒を飲み干した福島正則の屋敷のあった場所は
「桃山福島太夫西町」「桃山福島太夫北町」
「桃山福島太夫南町」の一帯にあったとされています。

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福島正則の屋敷跡だったことを伝えるものは町名が残っているというくらいで、
伏見城の廃城後、
城下にあった武家屋敷群は僅か1年で農地化されたということから
遺構も残っている訳ではありませんが、
区画としては残っているらしく、
福島児童公園の東側の石垣は大名屋敷跡の区画を示しているものだそうです。


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このように、伏見桃山界隈には福島正則の他、
多くの大名の屋敷跡に由来する地名が集中して存在する場所ですが、
せっかくの町名看板も
傷んで文字が見えにくくなっているという残念な場所もあります。

屋敷跡ということを伝えようとするには町名の看板しかないので、
「行って来ましたよ」という記念で撮影したのはいいものの、
逆に通行人や地元住民からしたら
「あの人何を撮ってはりますのん」となりうる可能性があるという...。

記念碑とかがあれば
観光客が写真を撮ってるっていう風に見えて幾分は怪しまれないと思うのですが、
屋敷跡とは言っても住宅地化されているので
観光地化するには難があるのかも知れません。



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14.10.01 撮影

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14.10.01 撮影





■伏見発祥のものについての記事
伏見 下油掛町・電気鉄道事業発祥の地 08.12.06
11.09.20 京阪バス発祥の地
銀座発祥の地 11.11.06
ManPukuかふぇの芋餡ケーキ 11.09.25 (寒天に関する記事)




■参照および引用した資料
・「黒田節」逸話発祥の地に駒札 京都・伏見
 2014年09月04日 京都新聞
・伏見桃山城築城50周年記念 伏見お城マップ
 チーム「お城マップ」
・伏見連続講座-ふれて、しって、みて伏見-番外編
 黒田官兵衛が亡くなったのはどこか-伏見城の大名屋敷の位置を考える-
 2014年6月16日 伏見区総合庁舎4階大会議室
 ...など







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