おがちぃ散歩

14.07.06 黒田官兵衛屋敷跡推定地 /八科峠

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道路を含めた右側の辺りに黒田官兵衛の屋敷があったと推定されている

古御香宮からほど近い京都市伏見区深草大亀谷敦賀町付近は、
現在大河ドラマで取り上げられている黒田官兵衛の屋敷があった場所と推定されています。

古御香宮(御香宮御旅所) 11.04.24
古御香宮の陸軍省管轄地石柱(陸軍射撃場跡) 11.04.24

この場所は古地図によると黒田甲斐守とある場所で息子の長政の屋敷跡であり、
官兵衛の屋敷跡という訳ではありませんが、
大名とその家臣や親子が近くに住むということは当時ではよくあった事なので
この辺りではないかという推定がされています。

なお、伏見区が開催した講座では、
断定する資料に乏しいのであくまで推定地であるというお話でしたが、
リビング京都東南の記事では屋敷跡と言い切っています。
(´σー`)


■武家屋敷に由来する伏見の地名の一例
20 1 景勝橋 20 2 加賀屋敷 20 3 正宗
左より:景勝町 / 深草加賀屋敷町 / 桃山町正宗

20 4 治部町 20 5 毛利長門 筑前台 20 6 三河
左より:治部町 / 桃山毛利長門東町 / 桃山町三河

20 7 肥後町 20 8 弾正町 20 9 松平筑前
左より:肥後町 / 弾正町 / 桃山町松平筑前

伏見桃山一帯は伏見城とその城下町だったので、
諸大名の名前や役職・領地であった地域の地名など、
大名屋敷があったことに由来する町名が多くあります。

しかし、黒田官兵衛にまつわる町名が残っている場所はありません。


大名屋敷が与えられている場所と豊臣政権下でのポジションは比例していて、
重要なポジションの大名の屋敷は
城からの近い距離であったり重要な道路沿いやその交点にあったりと、
当時の一等地にあたるような場所にあったそうです。

また、政権の実務を担った五奉行に至っては城郭内に屋敷があったりします。

したがって、上杉景勝の屋敷があったと言われる景勝町や、
前田利家の屋敷があったと言われる深草加賀屋敷町、
石田三成の屋敷があったと言われる治部町などは城から離れた位置にあるので
それらの場所は下屋敷のあった場所だと考えられています。

で、上屋敷の場所はどこかというと、
例えば石田三成の上屋敷は現在治部池がある北側(地名としては桃山町治部少丸)です。

治部池(京都市伏見区) 08.01.31


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11.04.24 撮影

黒田官兵衛屋敷跡の推定地である深草大亀谷敦賀町のあたりは八科峠と呼ばれています。

八科峠は桃山丘陵上の墨染通にあり、
この峠を行く道ができる以前は
六地蔵から山を越えて墨染方面に抜ける道は木幡ノ関道でした。
ところが伏見城ができてからは、木幡ノ関道は伏見城の鬼門の方角にあたるため、
道を往来する者が城を見下ろすことになるために、
現在の八科峠を通る墨染通にルートが改められます。

13.09.07 木幡ノ関道

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11.04.24 撮影

峠には逢坂山で使われていた来る車石があり
その下の石垣にも車石が使われています。

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11.04.24 撮影

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11.04.24 撮影

この辺りは伏見城から遠からず近からずの場所で、
さらには城の鬼門の方角にあたる場所なので、
官兵衛の功績に対して相応しいとは言いづらく、
ゆえに本当にここが屋敷跡なのかという疑問も残ったりします。

ただ、本能寺の変が知らされた直後の
官兵衛が秀吉に囁いた「殿、ご運が開けてまいりましたな」という言葉がきっかけとなり、
秀吉にとって官兵衛は信頼はできても油断はできない相手だと印象付けられ、
それ以後恐れられるようになったとか、
慶長の大地震の時に「俺が死ななくて残念であったであろう」と
官兵衛が秀吉に言われたエピソードがあったり、
また、官兵衛はあくまで“軍師”であり、
軍事的には発言権や力を持っていたが側近ではなかったという説もあったりして、
そういう話を聞くと屋敷の位置関係も頷けたりします。

官兵衛は伏見の屋敷で最期を迎えたことになっていますが、
「伏見で亡くなった」という資料があったり
「福岡で病に臥した」という資料もあったり、
「病を知った長政は父に上洛を求めた」
(当時の最新の医療は京都に集まっていた為、福岡よりも良い治療が受けられるという判断)
という資料もあったり、
亡くなったことは書かれているがその場所が記されていなかったり、
長政の求め通りに実際に上洛したかどうかは不明であったりと、
その記述がバラバラで断定はできないそうです。



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11.04.24 撮影

陽子01

車石の石垣の上には
「峠路はやすらぎに似て風吹けり石も木草もなべてかがやく 陽子」
と刻まれた石碑があります。

陽子02

これは濱田陽子という歌人の詩で、
同じく歌人であった夫の引野收とともに桃山町正宗の地で暮らし、
夫との死別後間もなくして自らも病に伏せこの世を去りました。

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11.04.24 撮影

2人の歌人の結婚は終戦直後の昭和20(1945)年、
その時濱田は26歳で引野は27歳でした。

しかし、引野が30歳になる直前の昭和23(1948)年3月7日、
23歳の時に患っていた肺結核が再発し、
以来亡くなる70歳まで寝たきりとなり、
濱田は40年間引野を支え続けます。

引野は寝たきりになりながらも短歌を創り続け、
濱田もまた生涯に渡り歌を創り続けました。



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上板橋通より墨染通を見る

八科峠では六地蔵と墨染を結ぶ墨染通と、
伏見市街と大亀谷を結ぶ上板橋通が交差している地点でもあり、
どちらの道路もそれなりの交通量があります。

ここで交差する2つの道路の大半は狭路となっていますが
部分的には2車線となってます。

ところが残念なことにここぞという箇所が狭いままで、
上板橋通の2車線区間はこのT字路付近で途切れていて、
墨染通の六地蔵方面も峠にさしかかる直前で2車線から狭路に変わります。
昔の道幅が今も残っていると見ればそれなりに意味がありますが。

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黒田官兵衛屋敷跡推定地である峠の交差点には仏国寺の参道があります。
仏国寺の境内には桓武天皇の棺という説がある石棺が置かれています。

仏国寺境内の謎の石棺と大亀谷陵墓参考地・古御香宮 11.04.24




■参照および引用した資料
・伏見連続講座-ふれて、しって、みて伏見-番外編
 黒田官兵衛が亡くなったのはどこか-伏見城の大名屋敷の位置を考える-
 2014年6月16日 伏見区総合庁舎4階大会議室
・「伏見に点在する黒田官兵衛ゆかりの地を歩いてみませんか」
 リビング京都 東南 2014年6月7日
・「引野収全歌集」
 引野 収・著 引野収 濱田陽子全歌集刊行委員会・編集  洛西書院
・「引野収・濱田陽子追悼集 」
 引野収 濱田陽子全歌集刊行委員会・編 洛西書院
・「濱田陽子全歌集」
 濱田 陽子・著, 引野収 濱田陽子全歌集刊行委員会・編集 洛西書院
・「文学の現在から時代をみる」
 藤田茂治・著 文芸社
・「百年の恋」
 道浦都母子・著 小学館
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コメント

もと住人です

小学生時代から大学院卒業までこの近辺に住んでいました。
八科峠近辺の道路ですが、墨染、六地蔵、丹波橋、京阪の藤森と
地域外のどこに出るにもここぞというところが仰るとおりホントに狭い道路ばかりで
通勤、通学、その他の用事のたびにずっと泣かされどおしでした。
わたくしの京都市に対するおおきな不信不満、恨み辛みの全ての原点がまさにここにあります。

まともに書けば長く重くなるので端折りますが
道も狭い、車も多い現状は地震など災害発生時に致命的な要因となり得ます。
避難も救援も満足にできない、復興は(京都市のことだから)最も後回しにされそうな気がします。

バイパス道路があればベストですが、おいそれとは行きにくい状況、
やはりこの地域にはミニバスの路線があったらなといまもおもいます。
3年前に「藤城エコシャトル」というワゴン車でのバス試行がありましたが
あれが定期化すれば住民だけでなく
周辺に点在する福祉施設や運動公園のスタッフや用務客にも喜ばれるでしょう。
決して一地域のエゴで片付けられるものではないようにおもいます。

京都市がエコ交通とか「歩く町京都」とか「Do you Kyoto?」(環境にいいことしてますか?)
などと得意気に呼びかける以前に最低限やっておかないといけない構想でしょう。

もし伏見市がいまも存在していたら、このような地域をどうしていたでしょうか、興味は尽きません。
  1. 2015/04/24(金) 02:27:55 |
  2. URL |
  3. Peter #0ecWsDRU
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