おがちぃ散歩

銀座発祥の地 11.11.06

銀座発祥の地 (1)
11.04.24 撮影

銀座発祥の地 (2)

京阪電車の踏切を渡り、大手筋のアーケードを入った所に
「此付近伏見銀座跡」と刻まれた石碑が建てられています。

銀座とは江戸幕府直轄の銀貨鋳造発行所のことで、
特権商人によって構成されていました。
東京の銀座という地名も銀座があったことに由来します。

この場所に建つ石碑は、江戸時代に徳川家康によって
初めてこの地に銀座がおかれたことを伝えるものです。

銀座
銀座町二丁目/ 10.04.09 撮影

関ヶ原の戦いが終わった翌慶長6(1601)年5月、
家康は後藤庄右衛門、末吉甚兵衛に銀座取立を命じ、
この地に四町の屋敷が与えられました。

有力商人の座人が集められ、
早くから銀鋳造は特殊技術をもつ大黒常是が鋳造を担当し、
銀座会所、座人屋敷が並びました。
これが江戸時代銀座のはじまりです。

慶長13(1608)年、銀座は京都中京の両替町へ移されますが、
現在の地名にも銀座の名が残っていて、
大手筋から下板橋通にかけての両替町通沿いを銀座町といいます。

銀座が置かれていた当時、銀座町の通り東側は町屋、
西側は1丁目に銀座改役所、2丁目に銀座関係の屋敷、
3丁目に銀座、4丁目に町屋があったそうです。

メンソレータム両替町9両替町十三丁目 メンソレータム
左・両替町九丁目:10.07.17 / 右・両替町十三丁目:09.05.30 撮影

旧伏見市域を南北に通る両替町通沿いの町名は
銀座町のある場所を除いて全て両替町~丁目という町名で、
両替町5~8丁目にあたるところが銀座町1~4丁目になっています。

江戸時代は銀座町1~4丁目と両替町5~8丁目の町名は併用されていて、
当時の資料によっては
銀座~丁目という町名が全く見られないものもあります。

銀座町1~4丁目という町名が現れ、
両替町5~8丁目の町名が消えるのは明治時代に入ってからのことです。


銀座発祥の地 (5)
10.07.13 撮影

安永年間(1772~1780年)、銀座付近には両替商が集まり、
両替町3丁目にはそのことを伝える
「此付近両替商旧跡」という碑が建てられています。


銀座発祥の地 (3)

銀座発祥の地 (4)
13.10.12 撮影

現在、金融機関の支店は大手筋通り沿いに集中していて、
両替町通沿いにあるのは近畿労働金庫と三井住友銀行のみで、
さらには横を通る京阪電車の車体の色までが三井住友銀行色です。



銀座発祥の地 (6)

ところで、銀座1丁目にある近畿労働金庫のビルには
からくり時計「おやかまっさん」があり、
午後1時から7時までの間、
毎時0分に音楽とともに伏見ゆかりのキャラクターが動き出します。

銀座発祥の地 (7)

銀座発祥の地 (8)

銀座発祥の地 (9)銀座発祥の地 (10)銀座発祥の地 (11)銀座発祥の地 (12)

銀座発祥の地 (13)
上段左より:伏見人形饅頭食い 千利休
牛若丸 石松
豊臣秀吉 伏見桃山城 千姫
花笠行列 坂本竜馬 新撰組 杜氏


銀座発祥の地 (14)
12.10.15 撮影



銀座に電気鉄道に京阪バス、
京都府最古の高架に寒天など、
伏見が発祥であるものは結構あります。

伏見 下油掛町・電気鉄道事業発祥の地 08.12.06
11.09.20 京阪バス発祥の地
【京都府最古の高架橋】奈良電気鉄道伏見第一高架橋 12.01.06
→おがのおーがにっくらいふ(★´ひ`★)ゞ:ManPukuかふぇの芋餡ケーキ 11.09.25 (寒天についての記事)





■参照および引用した資料
・「角川日本地名大辞典 26 京都府 上巻」
 角川書店
・「京都市の地名 日本歴史地名大系 27」
 平凡社
・wikipedia:銀座 (歴史)
 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%8A%80%E5%BA%A7_(%E6%AD%B4%E5%8F%B2)





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