おがちぃ散歩

治部池(京都市伏見区) 08.01.31

治部池 (1)
13.09.09 撮影

治部池 (2)
10.07.08 撮影

桃山御陵参道より北へ分かれる桓武天皇陵参道を、
右を気にしつつ北へ歩いていると見えるのが治部池です。

桓武天皇陵 10.07.08
治部池 (3)
10.07.08 撮影

治部池 (4)
08.01.31 撮影

これは、伏見城郭内にあった
治部少丸と言われていた石田三成の屋敷の北側にあった堀の跡です。
石田三成は治部少輔という官位にあり、
その官位名がそのまま池の名前となっています。

この他、伏見城郭内には治部少丸の他、
浅野長政の屋敷であった弾正丸、増田長盛の屋敷であった四丸、
長束正家屋敷であった大蔵丸、前田玄以の屋敷であった徳善丸があり、
直臣大名(五奉行)の屋敷も取り込まれています。
これは城郭としては珍しい例だそうです。

MAP 北堀5 32


現在の伏見城郭跡の大半は明治天皇陵の領域にあり、
宮内庁により立ち入りが制限されている中、
治部池は見ることのできる城郭跡の1つです。

治部池は堀跡とは言え、一から人工的に掘られた訳ではなく、
もともと存在していた自然の池を利用したのではないかという説もあります。
とすると、伏見城の時代より古い歴史を持つこととなり、
昔からの生態系が現代まで受け継がれている可能性もあります。

そういう意味で、遠くから池を眺めると太古のロマンを私は感じるのですが、
人によっては何か違う別のものを感じるみたいです。

というのも、治部池は桃山御陵の森域にあり、
周りは樹木に覆われ、やや薄暗い場所にあります。
その為か、心霊スポットにもされていて、
甲冑を纏った落武者の幽霊が出るという噂があります。
ですが、その真偽は明らかではありません。


伏見城は江戸時代の一国一城令により破却され、
徹底的とも言える破壊が行われました。
その為、遺構と呼べるものは一部を除き残されてはいませんが、
伏見北堀公園やここ治部池などの堀跡や、
城の建物があったと考えられる土盛など、
その地形による高低差は残っています。

治部池 (16)

治部池 (17)治部池 (18)

冶部池では、その南側の治部少丸と考えられている場所が小高くなっているのを
参道から見ることができます。

伏見城北堀 (1) 11.11.26


治部池 (5)
13.09.09 撮影

また、桓武天皇陵参道の脇には多くの巨石があり、
伏見城跡周辺には多くの巨石が存在することから、
これらは伏見城に関係するものではないかと思います。

13.11.03 伏見城北堀 (3)
桃山御陵 ①

治部池 (6) 治部池 (7)
左・10.07.08 / 右・13.09.09 撮影

治部池 (8)

治部池 (9) 
13.09.09 撮影

治部池 (10)

治部池 (11)
13.09.09 撮影



■治部池周辺(桓武天皇陵参道)で見つけたキノコ

治部池 (14) 治部池 (15)

治部池 (12)

治部池 (13)
13.09.09 撮影




■参照および引用した資料
・「「陵墓」を考える 陵墓公開運動の30年」
 「陵墓限定公開」30周年記念シンポジウム実行委員会・編 新泉社
・「歴史散歩26 京都府の歴史散歩 中」
 京都府歴史遺産研究会・編 山川出版社
・「京・伏見 歴史の旅」
 山本眞嗣・著 水野克比古・撮影 山川出版社
・シンポジウム 伏見を探る「伏見城築城とその時代」
 2011年10月29日開催 会場・伏見区総合庁舎4階大会議室
・wikipedia:五奉行
 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%94%E5%A5%89%E8%A1%8C





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