おがちぃ散歩

後崇光太上天皇伏見松林院陵 09.05.30

伏見松林院陵 (1)

伏見松林院陵 (2)
京阪電車の踏切と御陵前:13.09.09 撮影

伏見には多くの陵墓があり、
伏見桃山近辺でも
明治天皇陵・桓武天皇陵・大光明寺陵・伊予親王巨幡墓がありますが、
それらの陵墓が山の方にあるのに対して
後崇光太上天皇伏見松林院陵は民家が建ち並ぶ伏見の町の中にあります。

後崇光太上天皇とは伏見宮貞成(さだふさ)親王のことで、
当時の天皇の称光天皇に皇子がなかったので、
親王の御子である彦仁王が、永享元(1429)年に後花園天皇として即位します。
そこで、父にあたる貞成親王は太上天応の称号をうけられました。

なお、現在の皇室も伏見宮家の系統であり、
伏見宮貞成親王の男系子孫であるそうです。

伏見松林院陵 (3)
09.10.24 撮影

ところで、御陵の隣には小学校があり、
「やる気・こん気・元気」と書かれた横断幕が校舎に掲げられていますが、
どうせなら「やる気・元気...以下略」
最近では風立ちぬのポスターとの類似性が話題になったピンクの先生。
記事の本筋とは全然関係ない話ですが、どうしても、気になる。



伏見松林院陵 (4)

御陵の裏にあるのが松林院です。
松林院は親王に仕えていた女官の庵を寺としたものだそうです。

伏見松林院陵 (5) 伏見松林院陵 (6)
05.07.03 撮影

松林院の塀にはあさがおが咲いている年もありました。

このあさがおは宿根あさがおで、
ノアサガオ・琉球アサガオ・オーシャンブルーなどの呼び名もあります。
アサガオと同様にヒルガオ科サツマイモ属に属する植物です。

小学校の時育てたようなあさがおと違って
花や葉が大きいことから
普通のあさがおとは違うことは判断できますが、
チョウセンアサガオではありません。

→おがのおーがにっくらいふ:13.09.11 町で見かけたアサガオ


伏見松林院陵 (7)

松林院の手前は月桂冠大倉記念館があり、
酒蔵が建ち並ぶ伏見の代表的な観光地です。

11.04.02 伏見名水スタンプラリー ⑩月桂冠大倉記念館:さかみづ

P1060166.jpg
出演・十津庵:11.11.06 撮影

かつてこの一帯には後宇多天皇が造営した舟戸御所がありました。
宇治川に船着場があったことから舟津御所とも呼ばれ、
伏見山(指月の森)にあった伏見御殿を上御所と呼んだのに対し
舟戸御所は下御所とも呼ばれたそうです。

伏見を愛した貞成親王は上御所と下御所の間を何度も往来して
伏見での生活を楽しんだと言われます。

親王が太上天皇となったことから
御殿の周囲に公卿貴族が参集し、一時伏見は賑わっていたそうです。



■伏見桃山の陵墓関係の記事
桃山御陵 ①
桃山御陵 ②
桓武天皇陵 10.07.08
仏国寺境内の謎の石棺と大亀谷陵墓参考地・古御香宮 11.04.24
伊予親王巨幡墓(遠山黄金塚2号墳) 10.02.23



■参照および引用した資料
・「京・伏見 歴史の旅」
 山本眞嗣・著 水野克比古・撮影 山川出版社
・wikipedia:伏見宮貞成親王
 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BC%8F%E8%A6%8B%E5%AE%AE%E8%B2%9E%E6%88%90%E8%A6%AA%E7%8E%8B
・wikipedia:伏見宮
 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BC%8F%E8%A6%8B%E5%AE%AE

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