おがちぃ散歩

【近代土木遺産】奥山田新道 ① 09.04.11

碑 a

奥山田天神社の近く(国道307号沿いの木陰)に、
「新道開通碑」と刻まれた石碑があります。
これは、明治42(1909)年に起工され、大正2(1913)年に完成した
奥山田新道の開通を記念して建てられたものです。

奥山田天神社 09.04.11

奥山田新道

当時の奥山田地区は、
村の中心と当地を結ぶ道が信楽街道の山道しかなく、
土砂災害などで道が塞がれば交通は遮断され、
孤立状態になるという僻地中の僻地でした。

この地区の状況を克服する為、
当時の奥山田区長が宇治田原村(現・宇治田原町東部)を説得し、
村の工事として山道に代わる交通路の建設に取り組むことになりました。

建設にかかる経費は京都府からも補助が出ましたが、
村の費用は不足した為、
奥山田区民が揃って不足の建設費を出し合ったそうです。

新道開通碑の裏面には
奥山田新道の建設費を寄付をした方々の名前が刻まれています。



第三隧道 (1) 第三隧道 (2) 第三隧道 (3)
第三隧道:08.07.26 撮影

第三隧道 (4)
第三隧道の入口は立派な煉瓦造りだが、内部は手堀り:09.04.11 撮影

現在の国道307号は、
奥山田と宇治田原町の中心部の間に2ケ所のトンネルがありますが、
奥山田新道には3ケ所のトンネルがありました。

現在の奥山田新道は廃道となってはいますが、
その3ケ所のトンネルは、
老朽化による破損や内部崩壊などがあるもののまだ残っていて、
第三隧道と第一隧道は国道沿いからも見ることができます。

その中でも、最も東にある第三隧道は
国土交通省の近代土木遺産に指定されていて、
内部崩壊も無く、奥山田側の煉瓦造りのトンネル入り口が現存しています。


第一隧道 奥山側入口 (1) 第一隧道 奥山側入口 (2)
第一隧道 奥山田側入口:09.04.26 撮影

第一隧道は国道の大福トンネルと平行した位置にあり、
奥山田側の入り口は
草木が生い茂り隠れてしまっている為に
見落としやすくはなっているものの見ることができます。



■取材協力:十津庵

■参照および引用した資料
・「わたしたちの宇治田原町」
 宇治田原町教育委員会
・「廃道をゆく -日本全国の「棄てられた道路」を辿る-」
 イカロスMOOK
「日本の宝-近代土木遺産/近代化遺産」
 国土交通省 近畿地方整備局





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