おがちぃ散歩

夕暮れの澱川橋梁 ② 12.01.06

澱川橋梁 (1)
12.01.06 撮影

夕暮れの澱川橋梁 ① 08.11.20

澱川橋梁も計画段階では多くの橋梁と同様に、
川に橋脚を建て並べた構造で建設する予定でしたが、
この辺りの宇治川の河川敷と水面が陸軍の演習地であったため、
訓練の支障になると軍部に反対された
為、
仕方なく水面に橋脚を設けない単純トラス橋で建設されました。

観月橋
観月橋 / YouTube:12.05.21 朝・澱川鉄橋のある風景

とは言うものの、澱川橋梁のすぐ近くにある観月橋は、
昭和3(1928)年の澱川橋梁が建設される前から
多くの橋と同様に水面に多くの橋脚があり、
昭和11(1936)年の架け替えの時も水面に多くの橋脚を設けて建設されているので、
澱川橋梁が陸軍の演習の障害になるという理由も
ストレートに納得できるものでもないようです。


澱川橋梁 (2) 夕暮れの澱川橋梁4
左:12.01.06 / 1998年 撮影 

現在の近鉄京都線は、奈良線などの他路線と同様に、
車体幅2800mm、全長20m級の大型の電車が走っていますが、
奈良電鉄として開業した当初は全長16m級の中型の電車が走っていました。

奈良電鉄の開業に際しては、中型車両2両編成での運行の計画で、
路線も中型車両の走行に合わせた規格で建設されました。

そのため、奈良電鉄が近鉄に合併された後も
走行できる車両サイズの制限は引き継がれ、
数年間は中型車両での運行がされていました。

丹波橋駅 京阪・近鉄連絡線跡 ①
丹波橋駅 京阪・近鉄連絡線跡 ②
近鉄860系電車 ① 11.06.14
近鉄860系電車 ② 11.06.14

しかしながら、この澱川橋梁は、奈良電鉄が財政的にも余裕がなく、
低規格での路線建設を進めていたにも関わらず、
将来を見越して大型車両6両編成が
橋梁上で行き違うことを想定した寸法・強度で建設
されています。
その為、澱川橋梁はほぼ建設当初のまま現在も使用されています。


澱川橋梁
12.07.12 撮影

古い電車は鋼鉄製が多く重量がありますが、
最近の電車はステンレスまたはアルミ製の車両が多く、
軽量化が図られている為、
澱川橋梁で想定されていた大型車両6両編成の重量よりも軽量です。

京阪名物土居滝井
京阪本線滝井駅にて / 1998年 撮影

関西私鉄において先見の明が功を奏した例と言えば、
昭和8(1933)年12月開通の
野江~守口駅(現:守口市駅)間の高架複々線を基礎とする、
京阪本線の天満橋~寝屋川信号所間の複々線が挙げられますが、
この澱川橋梁もその例に漏れないと思います。


夕暮れの澱川橋梁2
08.12.28 撮影



■参照および引用した資料
・「関西の鉄道 No.44 近畿日本鉄道特集 Part X 京都線 懐かしの奈良電」
 関西鉄道研究会
・「京・伏見学業書 第3巻 伏見の現状と未来」
 聖母女学院短期大学 伏見学研究会・編 清文堂
・「鉄道ピクトリアル No.553 '90年5月号臨時増刊 <特集>京阪電気鉄道」
 株式会社電気車研究会 鉄道図書刊行会




関連記事
スポンサーサイト



広告【Google AdSense】
  1. 2012/12/08(土) 08:54:04|
  2. キヲクトキロク
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<【紅葉】 12.11.25 滋賀県道・京都府道3号大津南郷宇治線 ① 宇治橋西詰~白川口 | ホーム | 夕暮れの澱川橋梁 ① 08.11.20>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://ogardenandtawara.blog133.fc2.com/tb.php/207-90bf3d15
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)



広告【楽天市場】