おがちぃ散歩

【京都府最古の高架橋】奈良電気鉄道伏見第一高架橋 12.01.06

 大中 (2)
11.09.10 撮影

 大中 (3)
11.09.12 撮影

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12.11.15 撮影

高架下のラーメン店「大中」のある近鉄京都線の伏見第一高架橋は、
近鉄京都線の前身である奈良電気鉄道の開業時からのもので、
昭和3(1928)年6月に工事が始まり、同年10月に完成しました。

大中@近鉄京都線桃山御陵前駅前高架下 07.12.23

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11.09.12 撮影

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桃陵団地前の「伏見工兵第十六大隊跡碑」と伏見第一高架橋 / 11.04.20 撮影

計画では地上線での建設で
周辺道路とも踏切で交差するものでしたが、
官庁筋から桃山御陵参道(現在の大手筋)との交差部は通行人が多いことと、
踏切が行軍に支障しないようにという陸軍の要請で、
立体交差にするよう求められました。

その後、地下化(掘割式)が検討されましたが、
今度はそのことで地下水脈が分断され地下水への影響が出るとして
伏見の酒造組合からの反対があった
ため、
最終的に高架で建設することになりました。

なお、高架用地の一部は陸軍用地の一部の払い下げを受けています。


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11.09.12 撮影


二条
JR二条駅 / 02.08.25 撮影

洛西口
阪急洛西口駅 / 12.11.14 撮影

京都市内の鉄道高架といえば、
JR嵯峨野線(山陰本線)の京都~太秦間があり、
阪急京都本線の洛西口駅の前後も工事が行われていますが、
それらは近鉄京都線の高架よりもはるかに新しいものです。

昭和3(1928)年の時点で関西に存在した鉄道高架は、
大正14(1925)年に完成の阪急千里線(当時は新京阪鉄道)の
新淀川左岸~天神橋間と奈良電気鉄道伏見第一高架橋のみで、
当時の鉄道高架は数少ない存在でした。

また、翌年の昭和4(1929)年には阪神本線石屋川~住吉間の高架、
JR阪和線(当時は阪和鉄道)の天王寺~南田辺手前間の高架が建設されています。


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近鉄桃山御陵前駅:12.01.06 撮影

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12.01.06 撮影

近鉄京都線は桃山御陵前駅の南側、
澱川橋梁北側で40km/hの速度制限がありますが、
これは橋梁によるものではなくS字カーブを通過することによるものです。
橋梁から桃山御陵前駅の間にある2回のS字カーブは
当時あった陸軍演習地と神社を避けた為にできたものです。

線路の先にあるマンションが貨物駅だった頃の敷地 桃山駅構内全景
カーブ上にあるJR桃山駅 / 09.05.24 撮影

ちなみに近鉄京都線と競合関係にあるJR奈良線ですが、
近鉄と同様に桃山駅の前後で35km/hの速度制限があり、
桃山近辺ではライバル同士仲良くスピードを落として走っています。




■参照および引用した資料
・「関西の鉄道 No.44 近畿日本鉄道特集 Part X 京都線 懐かしの奈良電」
 関西鉄道研究会
・「京・伏見学業書 第3巻 伏見の現状と未来」
 聖母女学院短期大学 伏見学研究会・編 清文堂

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