おがちぃ散歩

仁丹看板と伏見city 【01】

■仁丹の効能
仁丹は何にだって効くんだ。
気分不快、口臭、二日酔、胸のつかえ、悪心嘔吐、溜飲、
めまい、暑気あたり、乗物酔、効果を全て挙げるときりがない。
万病予防、消化と毒けし、完全なる懐中薬・最良なる毒消し、
それが仁丹なんだ。
仁丹を、ほら、こうやって花壇に撒けば、
見てごらん。お花が綺麗に咲いてるよ。
スズメも仁丹を食べにやって来た。
仁丹を食べたスズメはとっても元気になるんだ。
仁丹一粒300マイル。
もうどこへだって行けるね。
(仁丹教教典「ジンターンのすすめ」より)

■仁丹看板がもたらす幸運
街角にある仁丹看板を見つけるとマリオが一機増える★1UP

※上記の文章にはフィクションが含まれています。

中油掛町 01

新町十四丁目

新町仁丹


西朱雀町 02

東大黒町 02

東菱屋町

八幡町

注目すべきは、伏見区ではなく伏見市と記載されているということ。

道阿弥町

今でこそ京都市の一部としての伏見区だが、
伏見市として独立した自治体であった時期があったことを示している。

しかしながら、今の伏見区全体が伏見市であったわけではない。

■参照:wikipedia

1929年(昭和4年)5月1日
旧紀伊郡伏見町が市制施行し
伏見市が誕生(京都市へ合併前提での市制施行)
1931年(昭和6年)4月1日
伏見市、紀伊郡深草町、下鳥羽村、横大路村、納所村、
堀内村(現在の一部を除く桃山町域)、向島村、竹田村、
宇治郡醍醐村の1市1町7村が京都市と合併し、伏見区が誕生
1950年(昭和25年)12月1日
乙訓郡羽束師村、久我村を編入
1957年(昭和32年)4月1日
久世郡淀町を編入

伏見のイメージとして
日本酒・寺田屋・伏見稲荷・伏見城・醍醐寺・競馬場などが挙げられる。
しかし、今でこそ伏見区にあるものとしてまとめる事ができても、
厳密に伏見市だった場所にあるのは日本酒を造る酒蔵の多くと寺田屋で、
伏見稲荷は深草町、
伏見城は堀内村(桃山)、
醍醐寺は醍醐村、
競馬場は淀町だった場所にあるわけである。

仁丹看板があちこちにあるのを小さい時から見てきたので、
伏見市が存在していたことを自然と知ってて、
自分は伏見市民だとずっと思っていたけど、
調べたら実は村民であった事が判明。

残念。


【02】へ続く


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