おがちぃ散歩

旧京都電燈送電所(?) 09.03.17

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中書島から府道124号三栖向納所線沿いを淀方面へ歩き、
三栖神社前の橋を渡ってしばらくすると、
道幅が広くなり2車線道路と変わる地点の前に
小さなレンガ小屋があるのが見えます。
これは、旧京都電燈送電所跡と言われています。

京都府道124号三栖向納所線 ① 09.11.14

京都電燈は明治時代に創立された電力会社で、
かつて関西から北陸にかけての地域に電力を供給していました。


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レンガ小屋の扉の上には京福電鉄の社章があります。

D嵐山駅にて
京福嵐山駅にて

京福電鉄のルーツは京都電燈で、
戦時の配電統制令により、京都電燈が解散するのに伴い、
同社の鉄軌道事業を引き継ぐため1942(昭和17)年に設立されました。

京福電鉄の社章はその京都電燈のものを引き継いだものとなっています。
なので、このレンガ小屋は旧京都電燈の施設だったことを示していていると思われます。


モボ101形 嵐山

嵐電と呼ばれ親しまれている現在の京福電鉄は
嵐山本線と北野線の2路線ですが、
かつては叡山電鉄の路線も京福電鉄の路線でした。

さよなら600ラストラン 叡山電鉄デオ600形最終運転日 08.11.01

京福嵐山本線は嵐山電車軌道という会社によってつくられましたが、
1918(大正7)年に京都電燈と合併します。

並び 600 700 修学院

京都電燈は嵐山本線のノウハウを活かし、
1925(大正14)年6月に一乗寺~八瀬(現・八瀬比叡山口)間、
同年9月に出町柳~一乗寺間を開通させ、
出町柳~八瀬間の叡山本線の営業を開始します。

また、電気事業のエリア内である福井県では
1914(大正3)年に現在のえちぜん鉄道勝山永平寺線である越前本線を開業させ、
京都市でも1925(大正14)年に北野線の北野~高雄口間を先行開業させ、
翌年の1926(大正15)年に北野~帷子ノ辻間の全線を開業させています。

なお、鞍馬線は京都電燈の子会社であった鞍馬電気鉄道の手によってつくられ、
1942(昭和17)年に京福電鉄と合併しています。


3
後ろにかつて火力発電所だったレンガ建築がある

4

5
南側から

また、このレンガ小屋からほど近い、
同じ府道124号沿いにあるモリタ製作所の敷地には
京都電燈の伏見第二火力発電所だったレンガ造りの建物があります。

府道沿いのレンガ小屋も
発電所と同時期の明治時代に建てられたものと考えられます。





■参照および引用した資料
・「鉄道ピクトリアル No.553 '90年5月号臨時増刊 <特集>京阪電気鉄道」
 株式会社電気車研究会 鉄道図書刊行会
・「カラーブックス 598) 日本の私鉄24 近畿」
 井上広和/高橋摂・著 保育社
・wikipedia:京都電燈
 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%AC%E9%83%BD%E9%9B%BB%E7%87%88
 ...など





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