おがちぃ散歩

雙栗天神社 ① 11.10.16

001_20120930184704.jpg

004_20120930184703.jpg

005_20120930184703.jpg

006_20120930184703.jpg

宇治田原町の岩山地区の西側、
大岩山の山麓近くに鎮座する雙栗天神社(さぐりてんじんじゃ)。

祭神は天穂日(あまのほひ)尊・大歳(おおとし)命、および菅原道長。

江戸時代は祭神のうち菅原道長が中心となって天満宮と呼ばれていたらしく、
「京都府地誌」などはその名称で記されています。

008_20120930184703.jpg


009_20120930184740.jpg
奥の院への道。この日は夕方で暗いため、山道で遭難の恐れがあるため散策は後日に。

本来は奥の院の岩を神座とする古社であったとされています。

社伝記によると、宣下天皇3年9月7日、
綴喜郡双栗田原郷の大岩本の頂に瑞祥があり、 
霊神が岩上に降って光明を放ちました。

そして、同郷の住人雙粟忌寸宿称・和邇部茨彦が
この瑞祥を見て祀ったといいます。


雙栗天神社は平治元年(1159)年の平治の乱の際、
宝暦11(1761)年の火災と、過去に2回焼失しています。

特に、宝暦の火災では社殿をはじめ一切の古記録を焼失したため、
神社の歴史については不祥な点が多いそうです。


現在の社殿は一間社流造で、
江戸時代の宇治田原出身の名工、
禁裏御所修理惣官をもつとめた柴田新八郎の作です。


010_20120930184740.jpg

011_20120930184740.jpg

012_20120930184740.jpg

013_20120930184740.jpg

1_20120930184804.jpg

2_20120930184803.jpg

3_20120930184803.jpg




※ 瑞祥【ずいしょう】めでたいことがあるしるし。吉兆。

■参照および引用した資料
・「京都・山城 寺院神社大事典」
 平凡社・編 平凡社
・「広辞林 第五版」
 三省堂編修所・編 三省堂


■取材協力:十津庵・まるも氏




関連記事
スポンサーサイト



広告【Google AdSense】
  1. 2012/10/16(火) 21:44:04|
  2. 宇治田原観光紀
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<雙栗天神社 ② (奥の院) 11.11.03 | ホーム | 12.09.08 京阪宇治交通・局前バス停>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://ogardenandtawara.blog133.fc2.com/tb.php/181-af595f82
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)



広告【楽天市場】