おがちぃ散歩

伊勢神宮外宮 11.06.14


YouTube:11.06.14 伊勢神宮外宮の鯉 / CARP in the Ise Jingu Shrine (outer)

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伊勢市電

かつて伊勢市内には路面電車が走り、
伊勢市・宇治山田の両駅から伊勢神宮の外宮・内宮に向かう内宮線と、
夫婦岩で知られる二見へ向かう二見線、
朝熊岳へ向かう朝熊線などがありました。

明治36(1903)年に宮川電気株式会社によっ本町~二見間が開通し、
明治37(1904)年には社名を伊勢電気鉄道に改称、
昭和19(1944)年には三重交通に合併され、同社の神都線となります。

昭和34(1959)年の伊勢湾台風の大被害から復旧するも、
マイカー時代の到来により、
長らく親しまれた伊勢市電は
昭和36(1961)年にバスに転換され廃線となりました。



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御師邸跡

伊勢市役所横にある土塀は、かつての御師・三日市兵部邸の遺構だそうです。

御師(おんし)とは、古く大社寺に属する御祈祷師(おいのりんし)、
または御祝詞師(おのっとし)が略されたものと言われ、
平安時代後期には存在していました。

御師は年に一度、全国各地の檀家を回り、神社の御礼、
伊勢暦や特産物などを配って庶民の伊勢信仰を広め、
檀家が伊勢参りをする折には自らの屋敷に宿泊させ、
数々のもてなしをしました。

江戸時代の享保年間には、
宇治山田で900軒余りの御師が活躍していました。

三日市兵部家は、山田地区のかつての自治組織で約席を有し、
遠州浜松の松平家、奥州弘前の津軽家などを檀家に持っていました。

明治4(1871)年、明治政府による神宮制度の改革で御師は廃止され、
数ある御師邸もほぼ失われてしまいました。

この土塀は、伊勢市内に数えるほどしかない御師邸の遺構のひとつです。





■参照および引用した資料
・wikipedia:三重交通神都線
 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E9%87%8D%E4%BA%A4%E9%80%9A%E7%A5%9E%E9%83%BD%E7%B7%9A
・御師邸跡前の看板
 平成二十年三月 伊勢市




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