おがちぃ散歩

御栗栖園故址の碑 11.07.09

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郷之口から府道62号宇治木屋線を
御栗栖神社方面へ向かう途中の三叉路に、
『栗林茶園由来』と刻まれた石碑と
『御栗栖園故址』と刻まれた石碑があります。

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そのうち、『御栗栖園故址』と刻まれた方は
三宅安兵衛遺志建立の石碑です。


御栗栖神社は古くより
御栗栖大明神鎮守の森として崇められ、
宝亀元(770)年に栗林の傍に社を建て守護神として
天津彦根命を御祀したのが始まりです。

御栗栖神社

御栗栖神社の栗林は、壬申の乱(じんしんのらん)の際 
この地に天武天皇が来られた時、
村人より献上された“煮栗焼栗を土に埋め”
戦勝祈願された栗が芽を吹いたものと伝えられています。

→おがのおーがにっくらいふ(★´ひ`★)ゞ:宇治田原町 御栗栖神社のクリ園 09.09.26

以来、神社周辺は、広大な栗林が広がっていました。
それが明治初期、茶園に開墾され、栗林は姿を消したといいます。

現在は22年前に、氏子総代が集まり、
「絶えてしまった栗林を復活させたい」と植えられた
約100本のクリの木が神社の裏にあります。


この茶畑の前に立つ2つの石碑は、
かつての栗林の存在を伝えるものです。





※ 天武天皇元年(672年)に起きた日本古代最大の内乱。


■参照および引用した記事
・「黄緑色のイガグリたわわ 宇治田原の御栗栖神社クリ園」
 2008年8月19日 京都新聞
・wikipedia:壬申の乱
 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A3%AC%E7%94%B3%E3%81%AE%E4%B9%B1


■取材協力:十津庵


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