おがちぃ散歩

桃山御陵 ②

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12.03.21 撮影

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12.03.21 撮影

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12.03.21 撮影

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10.07.09 撮影

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10.08.05 撮影

桃山御陵 ①

長い石段を上った明治天皇陵の真ん前には
向島ニュータウンや宇治市内、
遠くは奈良県方面や大阪府北部地域を眺めることができます。

この場所に墓所が営まれたのは
明治天皇の遺言によるものだそうです。
陸軍の演習の際に、この地をお気に召されたそうです。


もともとの明治天皇陵の敷地は、
豊臣秀吉の築いた伏見城の本丸跡地でした。

かつて、向島一帯と宇治市と久御山町の一部地域は
巨椋池という広大な湖でした。
巨椋池があったころは、夜、その湖面に映る月がとても美しかったそうです。

おそらく、伏見城がこの地に築かれたのも、
ここからの眺めを秀吉がとても気に入ったからでしょう。
安土桃山時代、伏見城の築城により、伏見は城下町としての発展をします。

安土桃山時代の桃山とは伏見桃山のことで、
かつて伏見桃山が政治の中心地であったことを意味します。
江戸時代になると、政治の中心は伏見桃山から江戸へと移ります。


また、明治時代、当時の西本願寺の法主であった大谷光尊も、
ここからの風景を愛し、
それが現在のJR桃山駅が設置されるきっかけとなりました。

桃山駅と西本願寺三夜荘 11.11.17


明治天皇の遺言により御陵が営まれてからは、
桃山は参拝客で賑わい、
周辺には土産物店がたくさんありましたが、
終戦後は衰退し、数件の民家にその名残を残す他は、
その多くが御陵の森に還っています。


昭和39(1964)年には伏見桃山城キャッスルランドが開園し、
桃山に再び賑わいが戻りますが、
USJのオープンや、レジャーの多様化、少子化の影響などで
入場者数が減少し、2003年に閉園しました。


このように、桃山は栄枯盛衰を繰り返している土地だとも言えます。



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09.08.10 撮影

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09.08.10 撮影

近くで見るよりは迫力にかけますが、
毎年8月10日前後に開催される宇治川花火大会の花火を
桃山御陵の階段の上から見ることができます。



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  1. 2012/08/09(木) 23:04:04|
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