おがちぃ散歩

桃山駅と西本願寺三夜荘 11.11.17

三夜荘1
11.03.28 撮影

JRの桃山駅は、バリアフリーが不完全な点や、早朝夜間が無人駅な点など、
近鉄・京阪と比べてないがしろにされている感はあるが、
このないがしろにされるというのもこの駅の宿命であるようにも思える。

桃山駅の優位性 11.12.02 

なぜなら、そもそもJR奈良線の前身である奈良鉄道が建設される際、
桃山駅の設置自体が計画外だったのである。


P1060398.jpg
京都市下京区・西本願寺:11.11.19 撮影

桃山駅ができるきっかけのひとつが、
当時の西本願寺の大谷光尊法主の強い要望と主張によるものだった。


三夜荘2 2

三夜荘3 2
西本願寺三夜荘跡

桃山江戸町の近くの高台に、
かつて西本願寺の三夜荘という別荘があった。

伏見七名水を尋ねて① 『春日井』 11.04.14

三夜荘4 2

現在も高台にあるこの場所からの夜景は素晴らしいが、
現在はニュータウンや農地となっている向島一帯とその周辺は
かつては巨椋池という池であり、
水面に映る月がとても美しく、豊臣秀吉もこの地で月見の宴を催したという。
この景色の素晴らしさから、『日本の香港』とも呼ばれたらしい。

当時の西本願寺の法主であった大谷光尊も、ここからの風景を愛した。


明治28年頃、奈良鉄道の一期工事が行われていた。
大谷光尊法主は大手筋近くに駅がつくられることを期待したが、
一向に駅の工事が行われる様子はなかった。

法主が当時の堀内村村長を通じて奈良鉄道に問い合わせてみたところ、
「大手筋付近に駅をつくる価値はない」という回答で、
「駅を希望するなら全額寄付せよ」とのことだった。

駅の設置に関して奈良鉄道から寄付が求められた。
当時、駅をつくるのに必要な金額は1500円で、
伏見町、堀内村、大谷光尊法主がそれぞれ500円ずつ寄付した。

地方自治体や地元住民、周辺企業などの要望により開設された駅を請願駅といい、
請願駅には、宅地開発に伴い請願され京阪電鉄全額負担でつくられた、
JR学研都市線の松井山手駅や、湖西線の小野駅などがある。
桃山駅はそれらの駅よりもはるかに古い請願駅である。


その後、駅は建設され、
「寄付でできた駅であるので、駅名は地元で決めて欲しい」ということになった。
地元は地元の村名をとって「堀内」を希望したが、
大谷光尊法主が強く「桃山」を主張したので
「桃山」という名称の駅ができることとなった。


ツバキ

三夜荘5
11.03.28 撮影

桃山駅の設置経緯についてはこのように伝わっているが、
これを伝える資料の大元は郷土史家の加藤次郎氏による著書「伏見桃山の文化史」のみで、
その他の具体的な記録が見つかっている訳ではないので、
現時点ではあくまで言い伝えといったところであるようである。


■参照および引用した資料
・「伏見桃山の文化史」
 加藤次郎・著 昭和28年11月3日・刊行
・「老人が子等に語る伏見風土記」
 伏見区老人クラブ連合会・著 山本真嗣・監修 伏見区老人クラブ連合会
・「THE 住宅 MAP 伏見区(2)」
 京都吉田地図株式会社 1996年発行


■2017年11月5日:追記


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