おがちぃ散歩

13.09.07 木幡ノ関道

001_20131024160821fb6.jpg
木幡ノ関跡:京都市のホームページ内にある「史跡・名勝・天然記念物・文化財環境保全地区及び埋蔵文化財包蔵地台帳」では
この場所が木幡ノ関跡とされている


伊予親王巨幡墓から北西に行った場所には木幡ノ関跡があります。

伊予親王巨幡墓(遠山黄金塚2号墳) 10.02.23

木幡ノ関は安土桃山時代まであった関所で、
現在、木幡ノ関跡とされる場所には特に遺構は残っていませんが、
周辺の坂道のカーブや
道路の起伏などに当時の雰囲気を感じることができます。


続きを読む(全文表示)

スポンサーサイト



広告【Google AdSense】
  1. 2013/10/24(木) 21:54:04|
  2. | トラックバック:0
  3. | コメント:0

伊予親王巨幡墓(遠山黄金塚2号墳) 10.02.23

伊予親王墓巨幡陵(遠山黄金塚二号墳) 10.02.23 03

伊予親王墓巨幡陵(遠山黄金塚二号墳) 10.02.23 01
巨幡墓にある五輪塔

京阪宇治線の六地蔵駅から直線距離で約500m程の、
京都市伏見区桃山町遠山にある伊予親王巨幡墓は、
桓武天皇陵だと考えられた場所の1つでした。

桓武天皇陵 10.07.08

伊予親王は桓武天皇の第三皇子で、
平安時代初期の政治の有力者で皇族の重鎮でもありました。

しかし、大同2(807)年に謀反を疑われ、
朝廷により妻の藤原吉子とともに
現在の奈良県高市郡明日香村にあった川原寺に幽閉され、
絶食した後毒を飲んで自害します。

後に親王の無実が判明し、承和6(839)年、
当時の皇族の中で最も高い位である一品が贈られました。


巨幡墓の周辺は住宅地となっていて、
参拝にはやや入り組んだ道を行く必要があり分かりにくく、
案内板なども特にありません。
参道の入口も民家の脇となっているので
住民の方とすれ違うと気まずいかも知れません。
(^_^;)(^_^!)

陵墓は前方後円墳である遠山黄金塚2号墳の後円部の一部にあり、
前方部は破壊されています。


また、すぐ北西100m程の場所には遠山黄金塚1号墳が存在しましたが、
こちらは全壊したとみられ、
古墳の名残は多少の高低差があるくらいでほとんど無く、
住宅が建ち並ぶのみとなっています。




伊予親王墓巨幡陵(遠山黄金塚二号墳) 10.02.23 02
巨幡墓からの景色




■参照および引用した資料
・「京の古道を行く」
 増田潔・著 光村推古書院
・第52回 平安京ウォーク「栄華の夢跡伏見城周辺と、悠久の桃山御陵を巡って・・」
 主催・平安京史跡散歩の会 2011年4月24日
・京都市情報館(京都市ホームページ)
 史跡・名勝・天然記念物・文化財環境保全地区及び埋蔵文化財包蔵地台帳/伏見区
 http://www.city.kyoto.jp/bunshi/maibun/tizudaityou/husimiku.html
・wikipedia:伊予親王
 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BC%8A%E4%BA%88%E8%A6%AA%E7%8E%8B










広告【Google AdSense】
  1. 2013/10/12(土) 16:44:04|
  2. おがちぃ散歩
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

13.09.22 深草・谷口古墳/ 山伏塚古墳

001_2013100416450865c.jpg

京阪の伏見稲荷駅とJR奈良線の踏切の間にある
京都市電稲荷線の稲荷駅跡には、
伏見稲荷大社付近の名所案内図がありますが、
その案内図をよく見ると浄蓮華院の横に
『桓武天皇陵(江戸時代)』と書かれた場所があります。

京都市電稲荷線遺構① 06.09.03

桓武天皇陵のある場所と言えば桃山なのに、
伏見稲荷大社付近の名所案内図に桓武天皇陵とはどういうことでしょう?


続きを読む(全文表示)




広告【Google AdSense】
  1. 2013/10/05(土) 13:34:04|
  2. おがちぃ散歩
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
次のページ


広告【楽天市場】