おがちぃ散歩

13.02.24 桃山駅の桜

130224.jpg

130224 (1)

JR奈良線の桃山駅にある桜は、
毎年2月下旬頃に咲くという早咲きの桜ですが、
今年はまだ蕾の状態で開花には至っていません。



090221 小鳥(メジロ) 090221 小鳥 (2)

090221 小鳥 (3)

090221 小鳥 (1)
2009年2月21日撮影


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2010年2月25日撮影


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2011年2月20日撮影


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110227 (1)
2011年2月27日撮影

2011年の記録では2月20日に蕾だったのが
1週間後には咲いているので、
今の蕾の様子から見て、
今年の桃山駅の桜の見頃は3月3日の雛祭り以降になると思います。


桃山駅の早咲き桜はおそらくカンザクラ(寒桜)という品種で、
開花期は3月上旬、
地域によっては1月から咲き始める樹もあるそうです。

カンザクラは、カンヒザクラとヤマザクラ系サトザクラ、
またはハヤザキオオシマとの雑種といわれているそうです。

...なんだか桜のいろんな品種名が登場しましたが、
図鑑なんかを見ているとその違いの見分けがつくものもあったり、
見分けがつかないものもあったり。
(* ´Д`*)

まぁ、同じと思っているものにも、
知ればいろいろ種類があるということですな。
\(★´ー`★)ノ

ちなみに、この桃山駅の桜を
ヒガンザクラ(彼岸桜)という方もいらっしゃいますが、
ヒガンザクラは3月下旬から4月上旬にかけて咲く種類なので、
桃山駅の桜とは開花時期を考えるとちょっと違うと思います。
(´σー`)


050416.jpg
05.04.16 撮影

080413_1012.jpg 090411.jpg
出演・十津庵:08.04.11 撮影

090411 SAKURA
09.04.11 撮影

120413.jpg
12.04.13 撮影

そしてまた、桃山駅は枝垂れ桜も美しい★☆★☆★


桃山駅のカンザクラと枝垂れ桜は見頃になると、
若い人からお年を召した方まで
携帯電話やスマートフォンで撮影される様子が見られます。

JR奈良線はこれから、残る単線区間の複線化工事がひかえ、
また桃山駅も京都市のバリアフリー化計画に組み込まれているので、
規模の大小はあっても、
駅の風景に変化が出てくると思われます。

そんな中、桃山駅のシンボルとも言っていい
桜の樹がどうなるかが気がかりなところです。

駅が使いやすくなるに越したことはありませんが、
それだけに関心を向けるのではなく、
その風景や佇まいを活かした改良事業が行われて欲しいものです。

120423a.jpg
12.04.23 撮影



■桃山駅関連の記事
桃山駅1番線に停車するキハ65形(エーデル丹後) 06.02.26
2両編成時代の奈良線 05.07.02
12.09.15 JR桃山駅 入線放送導入 ①
12.09.15 JR桃山駅 入線放送導入 ②
12.04.03 京阪バス 京都橘大学急行線 ②
桃山駅始発の京都行き臨時列車 ① 09.11.21
桃山駅始発の京都行き臨時列車 ② 11.11.19
ある日の無人駅 09.09.05
桃山駅と西本願寺三夜荘 11.11.17
桃山駅の優位性 11.12.02 
JR西日本クモヤ443系 08.08.28



■参照および引用した資料
・「山渓カラー名鑑 日本の樹木」
 林弥栄・編・解説 畔上能力/菱山忠三郎・解説 山と渓谷社





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13.01.04 205系リニューアル車の尼崎行き@京都


YouTube:13.01.04 体質改善205系尼崎行き@京都

205 横浜
横浜線の205系電車@横浜駅:10.04.24 撮影

関東では各路線で新型車両への置き換えが進行してはいるものの、
現在でも横浜線や埼京線・京葉線など
比較的多くの路線で見ることのできる205系電車ですが、
関西で見ることのできる路線は
阪和線とこの京都線・神戸線(大阪~尼崎間)だけであり、
さらには関東に比べて投入された車両数が圧倒的に少ない為、
乗車できる機会そのものも少ないです。

205 天王寺
阪和線時代の205系0番台@天王寺駅:07.08.30 撮影

関西地区の205系は
1986年に京阪神緩行線に投入され、
321系の登場により2006年に阪和線へ転属。

205 帯色変更 (2) a

205 帯色変更 (1) a
尼崎駅にて:11.03.28 撮影

205 帯色変更 (3)

205 帯色変更 (4)
京都駅にて:11.03.28 撮影

その後、おおさか東線経由の
直通快速の運用が223系から207系に変更になることに伴い、
2011年3月12日に朝の時間帯に京都~尼崎間限定で
京阪神緩行線での運用に復帰し、
従来のスカイブルーの帯色から321系に準じた帯色に変更されました。

223系 直通快速 おおさか東線経由奈良行き 08.03.18

205 130104 a

205 130104 (1)

205 130104 (2)a

205 130104 (3)a

205 130104 (4)a

205 130104 (5)a
編成中、リニューアルが簡素化されているサハ205-71

更には、321系に準じたリニューアルがされた編成も登場しましたが、
今春のダイヤ改正で
京阪神緩行線の運用が終了する予定であることが発表されました。

その後の運用の詳細はいまのところ不明です。



207 201 103 並び 放出
放出駅にて:08.03.16 撮影

103 おおさか東線 放出 放出 201系 大和路線 JR難波 天王寺
おおさか東線の列車は大和路線と同じ103系と205系が使用されるので、
おおさか東線と大和路線の接続駅である久宝寺での誤乗を防ぐために、
方向幕は行き先だけでなく路線名も記載している。


ツイッターや多くのブログなどで転属先の予想が飛び交っていますが、

 ・321系に準じた帯色に変更してからわずか2年であること

 ・体質改善工事がなされた1編成7両のうち、
  中間サハ1両だけが簡易的な改造であり、
  6両での運用が考えられる

以上の2点の理由で、
帯色変更の必要がさほど無く、6両編成の運用であることから、
おおさか東線へ転属という予想に1票を入れたいと思います。



阪和 205系1000番台 天王寺
205系1000番台@天王寺駅:08.02.07 撮影

阪和線の205系は1000番台で、
国鉄が民営化されJR西日本となってから製造されたグループです。

今春、京阪神緩行線の運用から撤退する205系は0番台で、
かつて山手線で走っていた205系と同じグループのものです。

1000番台と0番台の外見上の違いは、
前面の窓の配置や、扉の窓の大きさなどで、
走行性能の面では0番台の営業最高速度が100km/hなのに対し、
1000番台は110km/hとなっています。



※ 京阪神緩行線
  東海道・山陽本線(京都線・神戸線)の各駅停車の呼称。
  主に京都~西明石駅間の事を指す。



■参照および引用した資料
「205系C2編成が試運転」
 railf.jp 鉄道ニュース 2012年3月28日20:32
「平成25年春ダイヤ改正について」
 JR西日本ホームページ / プレスリリース
・wikipedia:国鉄205系電車
 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%BD%E9%89%84205%E7%B3%BB%E9%9B%BB%E8%BB%8A






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久津川車塚古墳 11.08.07


YouTube:13.02.16 久津川車塚古墳を貫くJR奈良線103系電車

JR奈良線と言えば、棚倉~上狛間の線路が
椿井大塚山古墳を分断していることで知られていますが、
城陽市にある久津川車塚古墳もJR奈良線によって分断されています。

車塚古墳 (1)
11.07.31 撮影

車塚古墳 (2)
11.07.31 撮影

車塚古墳 (3)
11.07.31 撮影

この他にも奈良線には、
京都市伏見区の瑞光寺や城陽市の久世神社など、
線路が通っていることにより社寺の境内を分断している箇所があります。

稲荷を歩こう-深草・稲荷界隈 史跡探訪-⑦ 瑞光寺 10.11.14

芭蕉塚古墳a
芭蕉塚古墳:11.08.07 撮影

上大谷古墳 01a 上大谷古墳 02a
上大谷古墳群:13.02.16 撮影

下大谷古墳a 芝ケ原古墳
左・下大谷古墳公園:13.02.16 / 右・芝ケ原古墳群:11.08.07 撮影

城陽市の久津川とその周辺には多数の古墳が点在し、
それらを総称して久津川古墳群と呼ばれていますが、
中でもこの車塚古墳は久津川古墳群の中で最大の古墳で、
かつ南山城地域で最大の前方後円墳です。

久津川車塚古墳は昭和54(1979)年に国の史跡に指定されています。

R281 城陽 (0)
木津川堤防上から城陽市の丘陵部を眺める:13.01.02 撮影

車塚古墳を含む久津川古墳群の被葬者は、
ヤマト政権との深い結びつきを背景に、
南山城地域全域を支配した栗隈氏の一族であると考えられています。

木津川の東から車塚古墳にかけて広がる平野部は、
かつてあった巨椋池の南岸から木津川流域にわたる低湿地でした。
古代、栗隈氏の一族は
この低湿地の大規模開発を行ったであろうと推測されています。

この開発により、灌漑用・舟運用としての水路が整備され、
一帯は古代において開発の進んだ地域となりました。

栗隈氏の一族は、
耕地を一望できる丘陵の先端部に居住し、
巨椋池・木津川・宇治川を含む
古代河川交通路を支配していたと考えられていいます。


車塚古墳 (4)a
11.08.07 撮影

前述のとおり、古墳はJR奈良線により分断されていますが、
明治28(1895)年の奈良線の前身である奈良鉄道の建設工事の時に
石棺が出土しています。

久津川車塚古墳からは埴輪などの他、
石棺の中から鏡、玉類、武具、武器など多くの副葬品が出土しています。

車塚古墳 (5)a
古墳東外堀の跡地 11.08.07 撮影


車塚古墳 (6)a
古墳の横のわずかのスペースに植えられたネギ 13.02.16 撮影

検定有級者として、これを見逃す訳にはいかない。

ネギと言えば大阪のおばちゃんの節約術で、
使った後のネギの根っこ(厳密には根と茎と葉の下の方も含まれる)を捨てずに、
水につけたり植木鉢やプランターなどに植えたりして
その後再び伸びてくる葉っぱを
お味噌汁などちょこちょことネギがいる時に使ったりして
5回ぐらいは再利用するというものがあります。

ですが、再利用とは言え、
方法次第では買った時よりも立派なものも収穫できるということを
お伝えしたいと思います。

→おがのおーがにっくらいふ(★´ひ`★)ゞ:11.01.14 再利用をあなどってはいけない (σ゜Д゜)σ ①




■参照および引用した資料
・「南山城の歴史的景観」
 乾幸次・著 古今書院








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