おがちぃ散歩

孤高の存在・近鉄3000系電車 08.03.24

3000 大和八木 3
大和八木駅にて 08.03.24 撮影

近鉄3000系電車は、近鉄で唯一のオールステンレス車体を持つ車両でした。

京都市営地下鉄烏丸線への乗り入れ用を考慮して、
昭和54(1979)年に1編成のみが製造され、
車体のみならず、機器類にも試作的要素が取り入れられました。



YouTube:12.01.08 近鉄3200系電車vvvf @烏丸線九条駅

3220 竹田 2
左:京都市交通局10系電車と近鉄3220系電車@竹田駅 12.01.06 / 右:3200系電車@京都駅 05.06.24 撮影

ところが、烏丸線の京都~竹田間の開業が用地取得の難航により大きく遅れたため、
乗り入れ開始時には、3000系電車よりも進んだ技術が実用化されていたので、
その技術を採用した3200系電車が量産され、
烏丸線への乗り入れに使われるようになり、
3000系電車は烏丸線には乗り入れず、
主に京都・橿原・天理線での運用に使用されました。


近鉄3000

3000 京都 3000 京都2
京都駅にて 05.06.24 撮影

当時は特許の権利関係により、
オールステンレス車体を持つ車両は東急車輛でしか製造されませんでした。

南海電車まつり 07.11.03

しかし3000系電車は、
近鉄の関連会社である近畿車輛による独自の工法で製造され、
東急車輛以外のメーカーによって最初に製造された
オールステンレス車体の電車でした。




YouTube:12.10.21 京阪特急旧3000系電車と@中書島・丹波橋

ところで、現在は8000系に編入され、
8000系30番台となっている京阪旧3000系電車ですが、
今年7月に来春をもって営業運転から引退すると京阪電鉄から告知されました。

この旧3000系電車のラストランは大々的に告知され、
9月末には登場時の姿が再現され「クラシックタイプ」と銘打って運転され、
関連商品の販売もされています。

運行終了が前もって告知されている京阪旧3000系は
まだまだ乗車や撮影の機会がありますが、
同じ車番を持った近鉄3000系は
告知もないままいつの間にか廃車されてしまいました。

そのため、その最期を見届けたくともできなかった人が多く、
「最期だと知っていれば...」
「なぜ教えてくれなかったんだ...」という気持ちのファンが
多くいらっしゃったと思います。

京阪旧3000系は花形である特急車で
近鉄3000系は通勤型車両で地味な存在。
なので、扱われ方が違うのも仕方ないのかも知れませんが、
鉄道技術史の観点では意義のある車両でもあるのでもう少し...という気もします。


近鉄3000系は今年6月と7月に解体されていますが、
それから近い時期に
京阪旧3000系の運行終了が発表されているのは何かの縁でしょうか。

京阪旧3000系は1編成しか存在しない孤高の存在ですが、
近鉄3000系もまた1編成しか存在しない孤高の存在でした。
京阪初のダブルデッカー、
近鉄初のオールステンレスカー、共に試作車両であることも共通しています。


製造から40年以上経ってもまだまだ現役の電車が数多く存在する中
製造から33年での廃車はとても惜しい気がします。





■参照および引用した資料
・「信頼のネットワーク 楽しい仲間たち きんてつの電車」
 近畿日本鉄道株式会社 技術室車両部
・「鉄道ピクトリアル」
  2012年9月号・10月号 電気車研究会
・wikipedia:近鉄3000系電車
 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%BF%91%E9%89%843000%E7%B3%BB%E9%9B%BB%E8%BB%8A
・京阪電鉄ホームページ/旧3000系特急車~ラストランに向かって~
 http://www.keihan.co.jp/traffic/railfan/3000/index.html



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「信西入道塚」の碑 11.05.14

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大道神社の前には、宇治田原で最期を遂げた信西の首塚があります。

秋の隠れ名所 大道神社の紅葉@宇治田原 09.11.15

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その塚の前にある「信西入道塚」と刻まれた石碑は、
京都府南部に点在する三宅安兵衛遺志建立による碑のひとつです。


塚は古くから絵図に描かれるほど有名な名所でした。

しかし、一時期は荒廃していたのですが、
大正5年8月に地元有志により供養塔が建て直されます。

そして、昭和になり、
地元有志の思いに追随するように建てられたのが
この三宅安兵衛遺志建立の碑です。




信西は俗名を藤原通憲といいました。
歴史書や法律書を記した学者としても名高く、
鳥羽法皇に認められて少納言に上り詰めました。

信西の母が後白河天皇の乳母であったため、
出家してからも政治の世界で大きな力を持ちました。


信西は平氏と手を結び、源氏の力を抑えようとしましたが、
これに反発した源頼朝は、
平清盛が熊野詣に出かけた平治元(1159)年12月に
白河の御所を包囲し平治の乱を起こしますが、
それを事前に察知した信西は宇治田原へ避難していました。

しかし、頼朝方の兵が田原に迫り、
自害、あるいは頼朝方の兵により討たれ、信西は最期を迎えます。

その後、領民により手厚く葬られた首塚は
「信西塚」として知られる名所となりました。

PAP_0007 2 2
十津庵氏による三宅安兵衛遺志建立碑とカワラケのコラボレーション
11.05.02 愛宕山の探索 カワラケ





■参照および引用した資料
・宇治田原町ホームページ/商工・観光/観光情報/文化財・史跡
 http://www.town.ujitawara.kyoto.jp/tourist/walk/index.html


■取材協力:十津庵





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  2. 三宅安兵衛 (宇治田原)
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大道寺 11.10.10

001_20121001133717.jpg

002_20121001133716.jpg

大道寺は天平勝宝8(756)年、
奈良時代に山岳修行の道場として開かれた
金胎寺の北側登山口として早くから開かれたこの地に、
湯原王(施基皇子の子)の発願で
越智泰澄(おちのたいちょう)が開基しました。

越智泰澄は、鷲峰山で修行していたとき、
空の托鉢を空中に浮かび上がらせて麓の村まで飛ばすと、 ※1
食べ物を乗せて戻ってきたという「空鉢の峰伝承」で知られています。

鷲峰山金胎寺 ② 09.11.08


それから大道寺は大伽藍も配置されていましたが衰退し、 ※2
それを嘉承元(1106)年に藤原忠実の帰依により再興され、
以来、大道寺大御堂と称したといいます。

その後、平清盛と関係のあった信西の荘園だったものが、
平治の乱で信西が打たれると、 ※3
台頭した地侍が「大道寺氏」を名乗り、
寺を氏寺として管理するようになります。

PAP_0006_20121001132802.jpg

宇治田原で最期を遂げた信西の首は
地元領民によって塚を作って供養されました。
その塚は「信西入道塚」と呼ばれ、大道神社の前にあります。

秋の隠れ名所 大道神社の紅葉@宇治田原 09.11.15

以後、数百年の興亡ののち、
織田信長による寺領没収で小寺院となったといい、
昭和28(1953)年の南山城水害では裏山の土砂崩れで堂舎が壊滅し、
残された仏像などが小堂に安置されていました。


PAP_0077_20121001132802.jpg




※1 托鉢【たくはつ】
   ①僧尼が、はちを持って家々の前に立って経文を読み、
   施される米や金銭を受けて歩くこと。
   ②僧尼がはちを持って食堂へ行くこと。
   →文中では托鉢に用いる鉢のことを示していると思われる。

※2 伽藍【がらん】
   多くの僧が住み修行する場所。寺院。


※3 信西は俗名を藤原通憲(ふじわらのみちのり)といった。

   平治の乱【へいじのらん】
   平治元年(1159)年、京都で平氏と源氏、貴族の対立から起こった内乱。
   保元の乱後、権力をのばした平清盛に対して、
   源頼朝が藤原信頼と結んで対立した。
   平清盛は信西、信頼双方と婚姻関係を結んで中立的な立場にあった。
   頼朝は清盛が熊野参りの留守中に京都で兵をあげたが、
   清盛の反撃をうけて敗北した。






■参照および引用した資料
・宇治田原町ホームページ/商工・観光/観光情報
→歴史の道/鷲峰山登山道~祈りの参詣道
 http://www.town.ujitawara.kyoto.jp/tourist/walk/
→文化財・史跡
 http://www.town.ujitawara.kyoto.jp/tourist/walk/ 
・「広辞林 第五版」
 三省堂編修所・編 三省堂
・「中学歴史用語辞典」
 全国歴史教育研究協議会・編 山川出版社


■取材協力:十津庵





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