おがちぃ散歩

11.05.02 愛宕山の探索 愛宕駅舎跡2階と屋上

110502_1145 一文字屋跡1
110502_1145

110502_1028 清滝バス停
110502_1028 清滝バス停

京都バスの清滝バス停前で営業されている
一文字屋」が営業されていた茶屋の跡が20丁目にあるが、
20丁目でそれを伝える看板によると、
愛宕ケーブルが開通してからは
愛宕駅の駅舎の2階で飲食業を営まれていたということらしい。

11.05.02 愛宕山の探索 茶屋跡


110502_1642 2階A
110502_1642 

110502_1642 2階B
110502_1642 

110502_1643 2階よりホーム跡と十津庵氏
110502_1643 2階よりホーム跡と十津庵氏を見おろす

110502_1643 屋上へ向かう階段跡
110502_1643 

屋上へ向かう階段があったが朽ちてしまい、
現在は下の土台部分と上の骨組みが残るのみとなっている。
少なくとも20年前まではここから屋上へ行けたらしい。

110502_1652 バルコニーに生えるヒノキの幼木
110502_1652 

110502_1655 屋上へ向かうハシゴ
110502_1655

屋上へ向かう階段の代わりに、
バルコニーへはこのようにハシゴがかけられている。
ハシゴの横にロープでつくられているものは
ハシゴがかけられる以前まで使われていたもの。

ただし、このハシゴは駅舎跡の窓枠を使って作られたものなので
産業遺産の保護の観点から見ると問題があるものである。
(* ´Д`*)

2階までは上ったものの、
さすがに屋上までは...と思っていると、
先にフィンランドから来られた3人がスイスイとハシゴ(窓枠)を登って行かれた。
(^_^;)(^_^!)

はるか異国の地で勇敢な。
(*´ひ`*)

そして、我々は自国民なのになんたる...。
(* ´Д`*)


ちなみに、フィンランドの方は
清滝から愛宕駅跡までずっと
ケーブル跡を登ってここまで来られたらしい。
(´σー`)

でも、「コノ道コワイ。行キタクナイ。」とおっしゃってました。
(*´ひ`*)

ということで、
帰りは通常のルートである参詣登山道を行かれました。


110502_1656 屋上より(黄砂)
110502_1656 屋上より(黄砂)

黄砂が無ければとてもよい景色であるに違いない。
あの島のお返しこんな景色かい。
(゜Д゜)

110502_1656 屋上より
110502_1656 屋上より




愛宕駅跡2階見取り図
愛宕駅跡2階見取り図
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11.05.02 愛宕山の探索 愛宕駅舎跡

110502_1635 愛宕駅跡
110502_1635 ケーブル愛宕駅跡

愛宕駅跡で“20年前に京都に移り住んで以来
度々この辺りを訪れている”という方に出会った。

その方の話によると、

 今でこそ駅舎前の広場は整備された雰囲気になっているが、
 昔はただ草が生い茂るだけの場所だった。
 さらに言えば、
 今はまわりの木々に隠れるように存在している駅舎跡だが、
 昔はその木々の背丈も低く、
 草の生い茂る中に目立って存在していた。

ということだった。

木々の成長が時の流れを感じさせる。

ネットが発達する以前は、
知っている人のみが訪れる場所であったが、
現在はあらゆる意味で有名なスポットである。

この日も、
はるばる北欧のフィンランドからいらっしゃったという方が3人おられた。

110502_1636 入口
110502_1636

110502_1636 1階
110502_1636

110502_1637 穴
110502_1637

110502_1637 階段
110502_1637

110502_1638 煉瓦
110502_1638

110502_1638 朽ちた柱とホーム跡
110502_1638

110502_1639 横出入口
110502_1639

110502_1639 地下
110502_1639 地下

110502_1640 ホーム跡と廃線跡
110502_1640

110502_1640 ホーム跡
110502_1640

110502_1641 焚き火の跡
110502_1641

前述のとおり、現在はネットの発達により、
鉄道遺構や廃線跡、廃墟探索の愛好家などにより、
その価値が認められている場所であるが、
それ以前はそのような認識も薄く、
出会った方のお話によれば、
山の中の秘密基地のような場所で頻繁にキャンプが行われていたらしく、
建物内にはそのたき火の跡が残っている。

110502_1645 コンクリの石灰分による鍾乳洞的現象
110502_1645 コンクリの石灰分による鍾乳洞的現象

110502_1640 ホーム跡より愛宕駅跡
110502_1640

110502_1647 愛宕駅跡
110502_1647

愛宕山のケーブルは戦後の休止から復活する事もなく、
現在に至るのだが、
お聞きした話では、
かつて1度だけ復活するという噂があったという。

でもそれはただの噂だろうと思っていたら、
前まで草が生い茂っていた広場が整地され、
さらにはその傍らに資材が積まれており、
復活の動きがある事は確かであるように思えた時があった。

ところが、その後話は立ち消えになったのか、
広場は再び草が生い茂る状態になり現在に至っているのだという。



愛宕駅跡1階見取り図
愛宕駅跡1階見取り図



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11.05.02 愛宕山の探索 愛宕駅舎跡とその周辺の遺構

愛宕神社の参拝の後、
下山とともにケーブルの愛宕駅跡の探索を開始した。

ケーブルの愛宕駅跡を探索するにあたり、
どうやってその場所へ行くのかを
いくつかのサイトを見て調べたところ、
水尾分かれを過ぎてしばらく進んだ所で右に曲がるということだった。

11.05.02 愛宕山の探索 水尾分かれ

その中でも参考にしたのが、
参詣登山道から愛宕駅跡までの地図を載せているサイトと、
曲がる地点の画像を掲載しているサイトだった。

110502_1519 探索開始
110502_1519

掲載されていた画像を参考に曲がることにしたのがこの地点。

110502_1525 山中A
110502_1525

110502_1526 山中B
110502_1526

しかし、20分以上歩いてもなかなかたどり着けず...。

水尾分かれから愛宕神社までの所要時間と
サイトの地図に記されている愛宕駅跡までの距離を比較してみて、
だいたい曲がってから10分で着くだろうと思っていた。
どうやら、道を間違えたらしい。
orz

かつては駅から参詣道までの道があったわけで、
大勢の人が通る道だから
それなりの整備された道であったと推測できる。
その道は戦後から長い年月が経過していて、ある程度自然に還り、
当時のようなしっかりとしたものではなくなっているとしても、
その面影は残っているはず。
何より、我々に限らず多くの探索者が訪れているので、
獣道ではないけれど歩いた跡は残るので
それなりの道ができているはずなのだ。

そう考えると、
我々が進んでいる道は間違っているということなのだった。


愛宕駅跡は発見できなかったが、
上りの時に見つけた
水尾分かれ付近で参詣登山道を右に入ったところにある
道標らしき石柱と
愛宕山鉄道に関係がありそうな石柱のある場所に辿り着いた。

そこから探索を再開すると、
何かの建物の基礎跡らしきものを発見。

110502_1624 基礎跡A
110502_1624

110502_1625 基礎跡B
110502_1625

ここで、愛宕駅跡が近いことを確信する。

110502_1626 W.C???
110502_1626 トイレ跡???

110502_1627 遺構
110502_1627

110502_1629 ガイシ
110502_1629

電線とその支持物とのあいだを絶縁するために用いるガイシ。
この辺りにあった建物へ電力を供給していた電線のものか、
愛宕山鉄道のものであったものか?

110502_1632 遺構
110502_1632


110502_1633 積み石
110502_1633

積み石を発見。

多くの人が訪れている証拠であり、
いよいよ目的の愛宕駅跡が間近であることを予感させるもの。


110502_1634 愛宕駅跡発見
110502_1634

愛宕駅跡発見!!

発見だけれども、
ひっそりとした雰囲気を想像していたので
駅舎跡の広場でくつろいでいる人がいたのは予想外。
w(゜0゜)w


110502_1733 水口屋A
110502_1733

愛宕駅跡の探索の帰りに見た旅館水口屋の遺構。

110502_1733 水口屋B
110502_1733

110502_1733 水口屋C
110502_1733

110502_1734 水口屋D
110502_1734

てっきりホテル跡と思っていたが、
後々調べるとホテルの方は駅舎跡から少し登ったところにあるらしく、
これは水口屋という旅館の遺構ということだった。


愛宕駅跡まで行くのに参考にしたサイトの地図では、
水尾分かれから愛宕神社(山頂)までの道のりの
半分より手前で右に曲がるように記されていたが、
結局、参詣登山道から愛宕駅跡まで行くのに
水尾分かれから右に曲がる地点は、
水尾分かれからそんなに進んだ所ではなかった


曲がる地点の画像を掲載しているサイトの方が正確に感じたが、
我々はその画像の地点を見逃していた。
(* ´Д`*)

実際にその地点を歩くと
明らかな道の分岐点であることが分かる。



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