おがちぃ散歩

宇治田原町 南山城水害記念碑 11.04.10

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田原川沿いも井手町の玉川と同様に桜並木となっている。 →やすらぎの道【宇治田原町・田原川】 10.04.25

宇治田原町郷之口の旧国道沿いに南山城水害記念碑が建てられています。
記念碑がある場所は田原川と犬打川の合流点でもあります。

14.04.01 玉水駅 水難記念の碑

碑文では、当日の雨が水害へとなってゆく過程が語られ、

・危険を知らせる警鐘も、雷鳴に阻まれて聞こえなかった
・交通通信は途絶、電柱が倒壊して“全村暗黒”となった
・南地区東谷の溜池が決壊し、奔流は“山津波”となって犬打川流域を襲った
・この地一帯は田原川の奔流と合わさって“濁流渦”を巻いた

とあり、

古今未曾有の大災害
全村の荒廃その極みに達したり

と、玉水駅の碑にあった「受難地獄」の悲惨さを伝えています。

PAP_0362.jpg

PAP_0361.jpg

この碑に限らず、
悲惨な出来事であるのに“記念”とはどういうことかと思っていたけれど、
辞書で調べてみると、

記念 ①かたみ ②思い出として残すこと。:現代実用辞典・第二版 講談社

記念 ①後日の思い出として残しておくこと(物)。形見。思い出。 
    ②過去の人物・事物・事件などを追想・銘記すること。:広辞林・第五版 三省堂

とあり、特に良いことに対して用いるとか、
悪いことには用いないという記述はなく、
良いことに対しても悪いことに対しても用いる言葉であり、
後々に対して残しておくという事は全て記念であるそうです。

とは言え、碑文を読んでゆくと、

村民一致団結して、廃墟より立上り見事にこれを克服し、
更に旧来の面目を一新したり。よってここに記念の碑を建立し、
自然の暴威を克服せる全村民の偉業を後世に遺さんとす。 

とあり、大水害という悲惨な出来事に対してのみではなく、
苦難にあったのにそれを乗り越え
地域を復活させた人々の力に対しての記念なんだと思いました。
悲惨な出来事ではあるけれど誇らしい出来事もあったんだと。



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大宮神社・手水舎の手洗鉢 11.10.10

大宮 手水舎 01

大宮 手水舎 02

大宮神社の手水舎にある手洗鉢は、
かつて宇治田原町中央公民館付近にあった
山龍寺の塔心礎(塔の心柱の礎石)であったといわれています。

山龍寺遺址

5_20130831094331a0a.jpg
09.10.18 撮影


■取材協力:十津庵


■参照および引用した資料
・宇治田原町観光情報サイト/文化財・史跡/大 宮 神 社
 http://www.town.ujitawara.kyoto.jp/sightseeing/walk/p09.html
・宇治田原町観光情報サイト/文化財・史跡/山瀧寺跡
 http://www.town.ujitawara.kyoto.jp/sightseeing/walk/sanryuji.html








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13.07.27 大宮神社で茅の輪潜り

大宮神社茅の輪 01

友人の十津庵いわく、
「ここの茅の輪は、まだ輪のまま綺麗に残っている。」ということらしい。
(´σー`)

人が多く訪れる神社では、
6月30日の夏越祓(なごしのはらえ)で
茅の輪のカヤを抜いて持って帰る人が続出するので、
このように輪が綺麗に残らないらしいです。
(*´ひ`*)

このように、茅の輪くぐりに行って、
ありがたそうに輪のカヤを抜いて持ち帰る人が多いですが、
そもそも、夏越祓の茅の輪くぐりは輪の中をくぐり、
罪や穢れ・災厄を“カヤに移す”ことによって無病息災を得るものなので、
その持ち帰ったカヤは
大勢の人がくぐって移された災厄が濃縮されています。
そのため、多大な災いを我が家に持ち帰ることになるそうです。
(* ´Д`*)

まぁ、そんな濃い災厄を持ち帰ることができる機会も
なかなか無い有り難いことだろう。
(*´艸`)

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